直感か論理か
先日はさる方の結婚披露パーティだった。
本当に面白くてかつ心暖まる、いい集まりだった(本当に)。
しかも、彼ら自身が実績あるアーティストなので、この業界のいろいろな方々が、大集合していて、そのおかげで僕も、World's end girlfriend氏と大谷能生氏という普段あまりない取り合わせて、割とゆっくりと話をすることできた。さらに某FlyrecのN岸さんも(この方は僕に構ってくれる数少ない御仁である)。粘菌と苔が熱いとか、ドローンとグルーヴが実はトポロジカルだとか、普段できないような話で楽しい時間を過ごせた。
他にも様々な人といろいろ話せて、ここで紹介したいようなエピソードがいろいろあるのだけど、書きません。書けません。
その中で気づいたんだけど、どうやら僕ははみんなにメカニカル、ロジカルな人だっていう強い印象を持たれているみたい。
音楽をシステマティックにやっていたり、Webの文面などからそういうイメージがあるんだと思う。しかし、実際はそんなことはまったくない。直感ありき、インスピレーションと衝動で動作している人間なんです。僕は。ちょっと、それだけは明言しておこうと。
Webに関しては、こういう書き込みもそうなんだけど、書いてるうちに誤解を怖れてどんどん内容が長く説明的になってしまう。SJサイトのシステムへの言及がそのいい例で、こういった冗長・長大な説明癖がかなり影響してしまっているんじゃないかと思う。
音楽の場合も、あくまでも論理や技術は、直感的に得た制作イメージのデバッグに活用している。だけど、大元は間違いなく、完全に直感とインスピレーション、そして衝動の人間です。僕は。
実際にそれでよく失敗したりしていたし。
いま、音楽にシステマティックな要素を導入しているのも、聴いた時の直感的な「質感」を求める中でだんだん出来上がってきた方法だし。
つまりは、僕は正確にはロジカルやメカニカルなのではなくて、余分な時間を与えられると、インスピレーションを今度は非常に細かい部分まで考えてしまう性格なんだろうと思う。調子のよいとき、つまり適度なデッドラインがあれば直感と一定の思考のバランスで進んでいくのだけど、それがある程度長くなると、粘土みたいにずっとこねてしまう。そしてそれを記述したり論述する際に、誤解を避けるためにいろいろと言い足したりするのがいけないのだろう。
本来は直感と衝動ありきなんです。スピード狂だし。
機械とかプログラムを触るのも、その先にある、頭に浮かび上がった「エキサイティング」を実現するためにあくまでもやってるわけだし、つまりは、そのインスピレーションのためには、少々遠回りでも継続して試行錯誤できる冗長さは持っている性格なわけだけど、実際直感は一瞬だし、結局はその実現に向かっているアプローチ状態だけを見られる事になる。その結果ロジカルっていう印象になるんではないだろうか。
大体、論理か直感かっていう質問自体が割と無意味で、どちらも進化の過程で人間が獲得してきた能力だし、車の両輪のようなもので不可分なものだ。どちらかだけだって思っている人は完全な誤解で、処理の仕方が並列か逐次かっていうだけで、本質的には似たようなものでしょう?人間の構造上、どちらで行っても間違いは起こりうるし。
強いて言えば、僕の場合、直感は4輪(後輪駆動)における前輪のようなもので、おおまかな方向やターゲットを確定してくれる操舵の役割をする。ステアリング。一方、論理は後輪で、駆動力となってそこにたどり着けるか否かの原動力や効率性になる。当然、最初のターゲッティングが突拍子もないと、そこにたどり着くまでは後輪(論理)のお世話になる時間が長くなる。それだって、最初に強いインスピレーションがないと続けられないわけでしょ。だから、少なくとも自分がロジックやメカニカルのみっていうイメージっていうのはないです。外から見たらそういうイメージになるのは分かるけれども。
逆に僕には、最初のターゲッティングから、割と落とし込めそうなところに設定して、直感でアプローチできるレベルに設定している人の方が、ある意味よっぽど論理的というか、メカニカルな気がする。実際そういう人は多いし。
ただ、このターゲット(前輪)を論理、アプローチ(後輪)を直感の逆パターンで行ってる人であまりうまくいっている人を見ない気がする。好みの問題か。
どちらにせよ、僕は車や二輪で峠道を駆け抜けたり、バラバラの音がある一瞬に音楽として組み上がってくる感覚が好きで、そのために仕様書やら専門書を呼んだり、思考しながら試行錯誤しているのであって、決して最初から論理ありきで制作しているわけではないです。
ループしてる音楽が気持ちいいっていうのも、本来は相当恣意的というか、文脈依存的なものだと思うよ。クラブ=身体性なんていうのはサブカル誌が作り出した幻影でしょ。生物的に相当な知性を持ってないと、楽しめない音楽ですよ。あれは。大体、アフリカとかガムランとかもそうだけど、ループなんか全然していないでしょうに。
話が脱線してるけど、ふと気づくと周りや世の中の音楽が全部ループをベースにしたものになっていていて、それに対するカウンターが、クラシック・ジャズ、ドローンぐらいしか選択肢がない状態になっていて、これが相当気持ち悪い。
SJの新譜が長引いてるのもそこに真っ向から立ち向かっているからなんですよ。
(これを読んでくれてる人は相当な物好きだろうから、思ったことを素直に書いていこうと思ったウオズミであった。)
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