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+IC(インスタントコンポジション)



 Experience musicを実現するための尺度としての「干渉力」を実際に最大化するためには、そのために音色やタイミング、音の高さなどの構造を目的に合わして設計しなくてはならない。
 これをサウンドデザインと呼んでいる。(一般的に用いられるサウンドデザインという用語は、主にマスタリングなどに用いられる限定的な概念であり、 ここで用いられているものとは異なる)

 いわゆる「即興」というものは、本来リアルタイムでこのサウンドデザインを行っていくものであるが、現在この「即興」という言葉は、ことサウンドデザインに関連した言葉としてはあまり適切ではなくなっている。
 というのも、現在この即興は、「譜面なしでどれだけの演奏を繰り広げるか」といったような、楽器の演奏にフォーカスされ過ぎてしまって、いわゆる「即興」という言葉のイメージが、サウンドデザインという目的から剥離しまっている。
 つまりは、即興をする、というものが、「変化する状態に応じてゼロから音を設計する」という意味から、「即興演奏」といったフォーマットの演奏形態になってしまっているのだ。

 具体例で言うと、サウンドデザインという本分から考えれば、「即興演奏」という言葉から連想されるべき内容は人によって千差万別どころか、本来は想像不能でさえあっておかしくない。「女」という言葉が漠然過ぎるのと同じ理由である。
 ところが、実際には大方想像されるのはピアノや管楽器やドラムによるジャズ的な音の羅列であり、多くの人が大体共通したイメージを持ててしまっている。
 「即興的な演奏」という言葉が成立してしまっているのが、その顕著な例だ。

 特に、デザインである以上、「同じ機能ならシンプルな方が優秀である」はずだ。しかし、音が連続的に羅列されるような、即興演奏が基本イメージとして存在することがすでに、「即興」という言葉が内包しているものが、代表格であるJazz的のセオリーに追従したものになってしまっていることを意味している。



 SJでは、動的な体験生成に際し、「即興」ではなく「IC(Instant Composition / インスタントコンポジション」という概念を用いている。
 「瞬間作曲」という意味である。

 本来、作曲においては、その音楽構造が複雑かどうかということは、音としての体験の良し悪し(曲の出来)とは直接の関係はない。
  乱暴な言い方だが、音符がギッシリ詰まっていようが、小学生用の練習曲だろうが、チェロ独奏
だろうがオーケストラだろうが、「いい曲はイイ」のである。
 同様にICにおいて、演奏は「音を出さない」「物凄く単純な演奏を繰り返す」といったこともサウンドデザインの目的を果たすのであれば、是正される。

一方、前述の 「即興」という概念においては、凄い音色や複雑な演奏を、その場で作り上げることがよいというような無意識的なベクトルが存在している。

ここがICとの最も大きな違いである。


複数パートによるICの場合、全体としての音を聴きながら、

A/ 自分が現在の音楽構造において要求されていることは何か
B/ 自分がそもそも音を出すべきかどうか



 などを考えて、瞬間瞬間に音の部品を設計して供出していく。
 Aは、出力すべき部品の干渉力の設定とそのためのサウンドデザインから始まる。
 例えば、ずっと持続音が継続していて、曲の内容が飽和しかけているのであれば、そこにリズムを付与することが、要求されていると判断されるかもしれない。
 その時、「グルーヴ」という体験を演奏全体に付与することになる。

 もちろん、一定リズムで何かを演奏しても、リスナーに「グルーヴ」として十分に認知されなければ、中途半端な結果になってしまうから、「グルーヴ」という干渉力を最大化する形で自分の演奏内容をサウンドデザインしなくてはならない。

 Bの場合、音数が少ない方が現状要求されている体験の干渉力を最大化できるケースが多々ある。この場合は、「無音」という部品をサウンドデザインして出力することになる。


 実現すべき干渉力を設定し、サウンドデザインを行う。デザインである以上、同じ機能であればシンプルな方が効率的である。
 無音であってもそれは、グラフィックデザインにおけるホワイトスペースのように是正される。
 アンサンブル全体が、結果的に最もシンプルな状態で要求される干渉力を出力し続けることによって、状態が推移し、新たに要求される干渉力が変化し続け、それに対応してサウンドデザインし続ける...これがICである。

こういった方法論を用いることで、結果がいわゆる即興演奏的なものとは異なってくる。






  以上が、即興という視点からみたICだ。
 「作曲」という視点からICを考える場合、理解はもっと簡単になる。

 通常、作曲は一人の作曲家がすべてのパートや音の配置、音色などを細かく設計していく。

 しかし、これを一瞬でやろうとした場合、全部のパートの相関を瞬間的に設計して、しかもそれを瞬間的に譜面にして演奏者に伝えていくということは不可能になってしまう。

 そこで、各演奏者が同時に作曲者にもなって、アンサンブル全体との相関を取りながら自分の音を設計していく、という解決策をとる。これがIC。

 この際、作曲者が複数で打ち合わせ無しに演奏を進めていくことで、「誤解」や「ミス」といった不確定要素が予測不能性や急激な変化を生み出す。これがICの面白さやドラマティックさを生み出す。

 また、これは過去と未来を常に考慮した非常に巧妙な協調作業になるので実際には非常に難しく、現実的な課題が複数存在する。事実、最初はSJでもまったくうまく機能しなかった。
 そこで別項で説明しているマルチエージェントコンポジションシステム(MACS)というものを採用して解決を図っている。



 即興であるからといって、演奏が即興的であったり、カオティックである必要はまったくない。
 むしろ動的に、緻密な曲的なものが出力されていく方がより面白い、というのがICのスタンスである。







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